【大歌舞伎】歌舞伎の歴史・まとめ年表⑧

日本は伝統を大切にする国です。雅楽・能楽・文楽・歌舞伎。大きくカテゴライズしても、この4大ジャンルに分類できます。この中でも、1番歴史が浅いのですが、世界中で最も認知度が高いのがKABUKIです。庶民の娯楽としておよそ400年前に誕生してから、昭和40年には重要無形文化財に認定され、平成21年にはユネスコから世界無形文化遺産に登録され、現在まで続いています。

ラスカルさん
今回も「まとめ」だね!
パンダくん
うん!幕末期のお話だよ!
レッサーさん
うん!この時代は、常磐津で多くの作品が毎年のように初演された時代だよ!

 





 


 

さて。この時代。常磐津は「四代目常磐津文字太夫」によって隆盛に導かれました。カリスマ的に人気を博した初代常磐津文字太夫のひ孫として生まれ、父は初代市川男女蔵、祖父は二代目市川門之助という名門で、はじめは市川男熊という名で役者をしていましたが、常磐津流派の後継者として迎えられてからは多くの常磐津作品(歌舞伎など)を初演しています。このように常磐津は市川家と深い縁があったので、ユニフォームである「肩衣(裃のようなもの)」が市川團十郎家に近い「柿色」なんですね。

それでは、この時代の流れを見ていきましょう。

 


 

1847年(弘化4)

五代目岩井半四郎、没。

常磐津『宮八景』が初演される。

常磐津『とてつる拳俄万歳(笑門俄七福)』が初演される。

常磐津『駕屋、かご屋、六段目(仮名手本忠臣蔵)』が初演される。

常磐津『下女おりん、九段目(仮名手本忠臣蔵)』が初演される。

常磐津『丁稚伊吾、十段目(仮名手本忠臣蔵)』が初演される。

常磐津『京人形、左甚五郎、京人形左彫(時翫雛浅草八景)』が初演される。

常磐津『旅雀(旅雀三芳穐)』が初演される。

常磐津『夕月船頭(四季写土佐画拙)』が初演される。

常磐津『(四季写土佐画拙)』が初演される。

常磐津『大黒(四季写土佐画拙)』が初演される。

 


 

1848年(嘉永1)

常磐津『今様望月(今様望月)』が初演される。

常磐津『山姥新山姥(薪荷雪間の市川)』が初演される。

十一代将軍徳川家斉が宝生流を愛好し、宝生太夫友于が大規模な勧進能を興行。この筋外橋門外での15日間の「弘化勧進能」は、江戸時代最大にして最後の勧進能となった。

 


 

1849年(嘉永2)

三代目尾上菊五郎、没。

常磐津『士農工商(四民歌土佐画彩)』が初演される。

常磐津『釣狐、廓釣狐(余波五色花魁香)』が初演される。

初代花柳壽輔が花柳流を創始。花柳壽輔は四代目西川扇蔵に学び、歌舞伎舞踊の振付師として重きをなした。初め子女の習い事として浸透したが、現在では組織力の強さで名取約1万5000名を擁する最大の日本舞踊流派となっている。

 


 

1850年(嘉永3)

四代目常磐津文字太夫、嵯峨御所から受領して「初代常磐津豊後大掾」の掾号を得る。

のちの六代目常磐津文字太夫が生まれる。

常磐津『広尾八景、岸の松(千代の友鶴)』が初演される。

常磐津『喜撰(六歌仙花彩)』が初演される。

常磐津『八犬伝、富山の段(八犬義士誉勇猛)』が初演される。

 


 

1851年(嘉永4)

常磐津『勢獅子(勢獅子劇場花〓)』が初演される。

初代藤間勘右衛門、没。大薩摩文太夫の子で、七代目市川團十郎の門弟で、市川金太郎の名で舞台に立っていたが、藤間流宗家二代目藤間勘十郎について振付を学び、藤間流家元となる。

 


 

1852年(嘉永5)

養子に出ていた三代目河原崎長十郎(七代目市川團十郎五男)が、初代河原崎権十郎を襲名。

常磐津『新万歳、大坂万歳(月柳廓髪梳)』が初演される。

 


 

1853年(嘉永6)

二代目河竹新七、立作者となっても永いあいだ鳴かず飛ばずだったが、四代目市川小團次のために書いた「都鳥廓白波(忍の惣太)」が大当たりをとり出世作となる。

三代目瀬川如皐の「与話情浮名横櫛(切られ与三)」が初演される。四代目市川小團次が八代目市川團十郎と組んで競演。

二代目河竹新七、三代目瀬川如皐が書いた「与話情浮名横櫛(切られ与三)」を書き換え、三代目澤村田之助のために書いた「処女翫浮名横櫛(切られお富)」が初演される。

常磐津『色湊宝入船(色湊宝入船)』が初演される。

常磐津『目鬘売(霞色連一群)』が初演される。

常磐津『白縫(樹闇恋曲者)』が初演される。

 


 

1854年(安政1)

八代目市川團十郎、没。

常磐津『梅が枝(廓操無間の鐘優)』が初演される。

 


 

1855年(安政2)

初代河原崎権十郎(=七代目河原崎権之助→河原崎三升)、九代目市川團十郎を襲名。

常磐津『三世相錦繍文章』が初演される。

常磐津『式三番(式三番叟)』が初演される。

 


 

1856年(安政3)

常磐津『瀬川五郷(浅緑露玉川)』が初演される。

常磐津『忠綱、奴つき景清、丹前の名古屋帯、名古屋丹前(伊勢名所業土産)』が初演される。

 


 

1857年(安政4)

常磐津『式三番・上(偐緑笑遠山)』が初演される。

 


 

1858年(安政5)

二代目河竹新七、四代目市川小團次のために書いた「小袖曾我薊色縫(十六夜清心)」が初演される。

四代目小文字太夫、五代目常磐津文字太夫を襲名したが、ほどなく養父・初代豊後大掾(四代目文字太夫)との確執が生じ家元家を離縁。桐生小文字が五代目小文字太夫を襲名。

常磐津『高砂の松』が初演される。

常磐津『常磐の老松』が初演される。

 


 

1859年(安政6)

七代目市川團十郎、没。

 


 

1860年(安政7)

二代目河竹新七、四代目市川小團次のために書いた「三人吉三廓初買(三人吉三)」が初演される。

常磐津『夜討曽我、今様夜討曽我、夜討曾我雨濡事、十番斬(四季文台名残花)』が初演される。

 


 

1861年(安政8)

前段常磐津出語り「三世相錦繡文章」を発端に常磐津家元と三味線方の岸澤家が分離。

離縁された元五代目文字太夫が六代目兼太夫と改名。

常磐津『末広がり(寿末広)』が初演される。

常磐津『新粟餅(契恋春粟餅)』が初演される。

常磐津『茶つみ(六歌仙和略風俗)』が初演される。

常磐津『鶴亀(細石巌鶴亀)』が初演される。

常磐津『廓八景(其儘廓八景)』が初演される。

常磐津『高砂尉姥(道行故今の色睦)』が初演される。

常磐津『末広がり(末広旭雛鶴)』が初演される。

常磐津『竹に雀縁苧環、御殿(妹背山婦女庭訓)』が初演される。

 


ラスカルさん
なるほどー!四代目文字太夫ってすごい人なんだね!
パンダくん
そう!常磐津節の「中興の祖」って言われているよ!
レッサーさん
うん!現在でもこの当時の作品が頻繁に演奏されているんだね!

 





レッサーさんの歌舞伎入門「大歌舞伎」のコーナー! 日本の伝統芸能で一番有名な歌舞伎! 日本人ならキチンと知っておきたいよね!

それでは、次回をお楽しみに!しば~ら~く~!

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