【大歌舞伎】歌舞伎の歴史・まとめ年表⑦

日本は伝統を大切にする国です。雅楽・能楽・文楽・歌舞伎。大きくカテゴライズしても、この4大ジャンルに分類できます。この中でも、1番歴史が浅いのですが、世界中で最も認知度が高いのがKABUKIです。庶民の娯楽としておよそ400年前に誕生してから、昭和40年には重要無形文化財に認定され、平成21年にはユネスコから世界無形文化遺産に登録され、現在まで続いています。

ラスカルさん
今回も「まとめ」だね!
パンダくん
うん!今回は幕末期のお話だよ!
レッサーさん
うん!ほぼ、現在の歌舞伎のスタイルが整っているね!

 





 


 

さて。この時代は大南北と謳われた劇作家・四代目鶴屋南北が逝去したり、歌舞伎の芝居小屋が、天保の改革によって悪所・猿若町へと移転させられたりした大変な時代でしたが、歌舞伎十八番を制定した七代目市川團十郎や、器量良しで有名だった八代目市川團十郎の時代でもあります。

常磐津では、中興の祖と言われた四代目常磐津文字太夫の時代で、たくさんの作品が毎年のように作られていきました。

それでは、この時代の流れを見ていきましょう。

 


 

1829年(文政12)

四代目鶴屋南北(大南北)没。

常磐津『松の調(十二段松の調)』が初演される。

 


 

1830年(文政13)

三代目常磐津小文字太夫「元祖宮古路豊後掾百年・初世文字太夫五十年」と銘打ち、小文字太夫名弘め会を開催。

常磐津『毛氈お亀与兵衛(色直肩毛氈)』が初演される。

常磐津『土佐画(江戸桜衆袖土産)』が初演される。

 


 

1831年(天保1)

常磐津『新子守(紫扇の交張)』が初演される。

常磐津『葛の葉(四季詠所作の花)』が初演される。

 


 

1832年(天保3)

舞踊の名手「三代目坂東三津五郎」没。

七代目市川團十郎、親子二代襲名では息子六代目海老蔵に八代目市川團十郎を譲り、自身は旧名の海老蔵を名のった。その際、代々の團十郎が得意とした18作品を選び「歌舞伎十八番」とした。

常磐津『道成寺道行(道行丸い字)』が初演される。

常磐津『通人野暮大尽漁師神功皇后と武内宿禰(弥生の花浅草祭)』が初演される。

常磐津『三ッ面子守(寄三枡五大字桜)』が初演される。

 


 

1833年(天保4)

常磐津『節句遊(節句遊恋の手習・上)』が初演される。

常磐津『三人生酔、両国三人生酔、夕涼み三人生酔(節句遊恋の手習・下)』が初演される。

常磐津『お三輪、妹背山道行(願糸縁苧環)』が初演される。

 


 

1835年(天保6)

のちの河竹黙阿弥、五代目鶴屋南北の門下となる。

 


 

1836年(天保7)

のちの五代目常磐津文字太夫、家元家に養子入りし、林之助を名乗る。

常磐津『将門、滝夜叉(忍夜恋曲者)』が初演される。

常磐津『七里姫狂乱、日蓮記(狂華法手向)』が初演される。

 


 

1837年(天保8)

三代目小文字太夫、四代目文字太夫を襲名披露。七代目市川團十郎(=五代目市川海老蔵)、初代岩井紫若らが襲名の口上を述べる。林之助が四代目常磐津小文字太夫を名乗る。

常磐津『巽八景』が初演される。

常磐津『蜘蛛の糸(来宵蜘蛛線・蜘糸宿直噺とも)』が初演される。

 


 

1838年(天保9)

踊りの名手「三代目中村歌右衛門」没。

五代目松本幸四郎、没。

常磐津『お半(帯文川傍柳)』が初演される。

常磐津『釣狐、釣狐の対面、狐工藤、若木の曽我(若木花容彩四季)』が初演される。

常磐津『林間三人生酔三人仕丁林間若木花容彩四季)』が初演される。

常磐津『五人囃子(内裡模様源氏紫)』が初演される。

常磐津『俳諧師(三幅対和歌姿画)』が初演される。

常磐津『むきみ売(心中三舛扇)』が初演される。

常磐津『靭猿、新うつぼ(花舞台霞の猿曳)』が初演される。

 


 

1839年(天保10)

常磐津『船の高尾(濃楓色三股)』が初演される。

常磐津『三つ面椀久、歌右衛門椀久(狂乱廓三面)』が初演される。

常磐津『雷船頭、夏船頭(四季詠〓歳)』が初演される。

常磐津『屋敷娘、蝶々娘(四季詠〓歳)』が初演される。

常磐津『年増(花翫暦色所八景)』が初演される。

常磐津『飴売(花翫暦色所八景)』が初演される。

常磐津『景清、五条坂(花翫暦色所八景)』が初演される。

常磐津『佃舟頭、巽船頭、船乗の帰帆(花翫暦色所八景)』が初演される。

 


 

1840年(天保11)

七代目市川團十郎(=五代目市川海老蔵)、初代市川團十郎の生誕190年を祝い、初代市川團十郎が上演した「勧進帳」を復活させる。能「安宅」を参照し、現在の「勧進帳」をつくり上げた。

四代目常磐津小文字太夫、市村座「吉埜山雪振事」で立語りとなり同年市村座顔見世番付で筆頭となる。

常磐津『女夫狐、又五郎狐(吉埜山雪振事)』が初演される。

のちの藤間勘翁が生まれる。

 


 

1841年(天保12)

天保の改革により、歌舞伎が大弾圧をうける。

七代目市川團十郎、江戸を追放される。

二代目中村富十郎、摂津、河内、和泉を追放される。

中村座・市村座・河原崎座は、悪所と言われ遊郭と同等とされる浅草猿若町へと強制移転させられる。天保の改革で下火となったが、八代目市川團十郎人気のおかげで、芝居町には徐々に客が溢れるようになる。

佐六文中こと、のちの六代目小文字太夫が生まれる。

常磐津『大黒舞(舞奏いろの種蒔)』が初演される。

常磐津『お妻八郎兵衛、丹波屋、鰻谷(心中浮名の鮫鞘)』が初演される。

常磐津『茶屋廻り(八重九重花姿絵)』が初演される。

常磐津『与五郎狂乱、吾妻与五郎道行(乱朝恋山崎)』が初演される。

 


 

1843年(天保14)

のちの河竹黙阿弥、二代目河竹新七を襲名し、立作者となる。

常磐津『乗合船、万歳(乗合船恵方万歳)』が初演される。

 


 

1844年(弘化1)

市川米十郎が四代目市川小團次を襲名。三代目中村歌右衛門の死後、劇場関係者にとっては次の大看板を期待する有望な若手だった。

常磐津『小いな半兵衛(千種野恋の両道)』が初演される。

 


 

1845年(弘化2)

常磐津『粟餅、黄金餅(花競俄曲突)』が初演される。

常磐津『寿三羽叟』が初演される。

常磐津『須磨琴(恋弦結颯琴)』が初演される。

四代目西川扇蔵、没。三代目藤間勘兵衛の高弟である藤間勘助。中村座・市村座の振付しとしを兼ね、振付の名人と謳われ『勧進帳(長唄)』『藤娘(長唄)』『六歌仙(清元)』『靭猿(常磐津)』を振り付けた。

 


 

1846年(弘化3)

常磐津『どんつく(神楽諷雲井曲毬)』が初演される。

常磐津『枇杷葉湯(道行恋山崎)』が初演される。

常磐津『貝屋善吉、邯鄲(邯鄲)』が初演される。

常磐津『喜撰、康秀(六歌仙)』が初演される。

 


ラスカルさん
なるほどー!「靭猿」が初演されたのが、この時代なんだね!
パンダくん
そう!厳密にいうと「靭猿」は能に取材した作品なので「能取もの」だよ!
レッサーさん
うん!よく知られる「松羽目もの」は「能取もの」のなかでも松の画かれた羽目板をバックにしているもののことだよ!それは次回、明治だね!

 





レッサーさんの歌舞伎入門「大歌舞伎」のコーナー! 日本の伝統芸能で一番有名な歌舞伎! 日本人ならキチンと知っておきたいよね!

それでは、次回をお楽しみに!しば~ら~く~!

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