【大歌舞伎】歌舞伎の歴史⑬ 変化舞踊~歌舞伎十八番

日本は伝統を大切にする国です。雅楽・能楽・文楽・歌舞伎。大きくカテゴライズしても、この4大ジャンルに分類できます。この中でも、1番歴史が浅いのですが、世界中で最も認知度が高いのがKABUKIです。庶民の娯楽としておよそ400年前に誕生してから、昭和40年には重要無形文化財に認定され、平成21年にはユネスコから世界無形文化遺産に登録され、現在まで続いています。

ラスカルさん
今日も歌舞伎のことをどんどん学んでいくわよ~!
パンダくん
うん!今日は何についてかな!?
レッサーさん
うん!ワクワクするよね!

 





 


 

さて、天保に入った幕末期には七代目市川團十郎が登場します。東西の歌舞伎を盛り上げた花形の役者たちの世代交代の停滞時に「歌舞伎十八番」を制定し、荒事を創始した初代市川團十郎までのお家芸を18作品にまとめました。この歌舞伎十八番には、初代市川團十郎の上演した「勧進帳」が含まれており、初代團十郎が初演したものを復活させるなど、市川宗家の中興の祖とも言える重要な人物です。

ちなみに「歌舞伎十八番」は『外郎売(ういろううり)』『(うわなり)』『押戻(おしもどし)』『景清(かげきよ)』『鎌髭(かまひげ)』『関羽(かんう)』『勧進帳(かんじんちょう)』『解脱(げだつ)』『毛抜(けぬき)』『(しばらく)』『蛇柳(じゃやなぎ)』『助六(すけろく)』『象引(ぞうひき)』『七つ面(ななつめん)』『鳴神(なるかみ)』『不動(ふどう)』『不破(ふわ)』『矢の根(やのね)』の18作品を指します。

 

 

1747年(延享4)

文字太夫・38歳。宮古路姓を改め関東文字太夫と名乗るが北町奉行から禁止。同年11月「二代目市川團十郎・初代澤村宗十郎・初代瀬川菊之丞」が揃った「三千両の顔見世(中村座)」で常磐津文字太夫の狼煙をあげ、常磐津を創流。

元祖出雲こと初代竹田出雲が死去。あとは親方出雲とのちに呼ばれる二代目竹田出雲に引き継がれる。

三代名作の一つ「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)、二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作」が大阪竹本座で初演。

 

1748年(延享5)

文字太夫・39歳。弟弟子である初代常磐津小文字太夫(前名・宮古路小文字太夫)が独立し、富本節を興す。のちに清元節へとつながる。

三代名作の一つ「義経千本桜」が歌舞伎にうつされる(伊勢の芝居)。

三代名作の一つ「仮名手本忠臣蔵(かなてほんちゅうしんぐら)」が大阪竹本座で初演。すぐさま歌舞伎にうつされる(大阪嵐三五郎座)。

 

1751(宝暦1)

並木宗輔が死去。その絶筆作「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」が大阪豊竹座で初演。

 

1753年(宝暦3)

文字太夫・44歳。市村座での「鐘入妹背俤」の出語りで大好評を博す。

一谷嫩軍記」が歌舞伎で初演(江戸守田座・中村座)。

並木正三が「けいせい天羽衣」で舞台の三間四方をせり上げるなど、舞台機構にさまざまな工夫を凝らし始める。

長唄「京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)」初演。初代杵屋弥三郎作曲、藤本斗文作詞。

 

1754(宝暦4)

二代目海老蔵(二代目團十郎)、門弟(実子とも?)の二代目松本幸四郎を養子とし、四代目團十郎を継がせる。四代目市川團十郎の実子(幸蔵)が三代目松本幸四郎を襲名。

 

1755(宝暦5)

のちの四代目鶴屋南北が生まれる。

 

1756(宝暦6)

二代目竹田出雲が死去。

 

1758(宝暦8)

並木正三「三拾石艠始(さんじっこくよふねのはじまり)」で舞台を何度も廻す転換を見せる。以前にも存在した「廻して転換する方法」は、この時初めて舞台の下を掘り下げ、奈落の下に張られた網を引いて転換する、という大掛かりな方法がとられた。《廻り舞台》のはじまりとなる。

 

1764(明和1)

豊竹若太夫(越前小掾)が死去。人形浄瑠璃界に暗雲が立ち込め始める。

五代目松本幸四郎が生まれる。

 

1765(明和2)

豊竹座の経営権が人手に移る。

 

1769(明和6)

のちの二代目文字太夫が初代文字太夫の脇語りに抜擢される。

 

1770(明和7)

四代目市川團十郎、実子の三代目松本幸四郎に五代目團十郎を譲り、自らは二代目幸四郎に戻った。

 

1771(明和8)

竹本座が完全に閉じ、歌舞伎芝居の小屋となる。

 

1773(安永2)

文字太夫・64歳。市村座「錦敷色義仲」を最後に引退。隠居名を松根亭松寿斎とする。

 

1775(安永4)

舞踊の名手「三代目坂東三津五郎」が生まれる。

 

1776(安永5)

源蔵(のちの四代目鶴屋南北)、初代桜田治助の門に入り、金井三笑、並木五瓶、中村重助、増山金八らに師事し、下積み時代が30年ほど続く。

五代目岩井半四郎が生まれる。

 

1778(安永7)

四代目市川團十郎没。

舞踊の名手「三代目中村歌右衛門」が生まれる。

 

1781(天明1)

初代常磐津文字太夫没。享年72歳。

 

1784(天明4)

初代中村仲蔵が「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)・常磐津」を初演。二代目文字太夫節附、初代鳥羽屋里長作曲。

三代目尾上菊五郎が生まれる。

 

1787(天明7)

初代常磐津文字太夫の七回忌に、文字太夫遺族から「一代限りの条件」で、初代兼太夫が二代目文字太夫を継承する。

 

1788(天明8)

常磐津「戻駕色相肩(もどりかごいろにあいかた)」が初演。二代目文字太夫節付、初代鳥羽屋里長作曲、初代桜田治助作詞。

松平定信が寛政の改革を行い、歌舞伎界も大きな打撃を受ける。

 

1791(寛政3)

七代目市川團十郎が生まれる。

 

1792(寛政4)

のちの三代目文字太夫(林之助)が生まれる。

 

1794(寛政6)

初代並木五瓶が江戸へ下り、上方風の作劇方法を導入。江戸歌舞伎に新味を加える。

 

1799(寛政11)

六代目市川團十郎急死。五代目團十郎が市川白猿の名で舞台に戻る。

二代目常磐津文字太夫没。林之助が二代目小文字太夫を襲名。

二代目兼太夫(二代目文字太夫の弟)が別派吾妻派を興す。

 

1800(寛政12)

市川家元祖百年忌追善興行で、孫のゑび蔵が七代目市川團十郎を襲名する。

 

1804(文化1)

源蔵(のちの四代目鶴屋南北)、初代尾上松助のために書き下ろした「天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえうきよばなし)」が江戸河原崎座で大当たりを博し、脚光を浴び始める。

源蔵、四代目鶴屋南北を襲名。初代尾上松助とともに怪談物を、七代目市川團十郎・三代目尾上菊五郎・五代目岩井半四郎、五代目松本幸四郎らとともに生世話物をそれぞれ確立した。

淡路の浄瑠璃語り嘉太夫(雅号・文楽軒)が大阪稲荷神社内に小さな小屋を建てる。

 

1810(文化7)

初代文楽軒没。

 

1811(文化8)

二代目文楽軒が浄瑠璃小屋を正式に開場。経営を始め、基礎を固める。以降、三代目の文楽翁に引き継がれる。人形浄瑠璃は「文楽軒の芝居」と言われ、明治4年以降、芝居小屋は文楽座と呼ばれるようになったので、現在では人形浄瑠璃=文楽と呼ばれるようになる。

三代目坂東三津五郎が七変化舞踊「七枚続花の姿絵(しちまいつづきはなのすがたえ)を上演したのに対し、三代目中村歌右衛門が「遅桜手爾葉七文字(おそざくらてにはのななもじ)」を上演し、江戸中の評判となる。

歌舞伎十八番の1つ「助六(助六所縁江戸櫻)」が初演される。

 

1813(文化10)

江戸森田座で「お染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)・お染の七役」が初演。四代目鶴屋南北作。変化舞踊が全盛期を迎える。

 

1815(文化12)

江戸河原崎座で、変化舞踊「伊達の十役」が初演される。

 

1825(文政8)

江戸中村座で、「仮名手本忠臣蔵」の世界を用いた外伝、南北の代表的な生世話狂言である「東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)が初演。

江戸中村座で、「東海道四谷怪談」の後日譚、並木五瓶の「五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)」の書き換え、「仮名手本忠臣蔵」の外伝としての性格を持つ「盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)」が初演。

 

1832(天保3)

舞踊の名手「三代目坂東三津五郎」没。

七代目市川團十郎、親子二代襲名では息子海老蔵に八代目市川團十郎を譲り、自身は旧名の海老蔵を名のった。その際、代々の團十郎が得意とした18作品を選び「歌舞伎十八番」とした。

 

1838(天保9)

踊りの名手「三代目中村歌右衛門」没。

五代目松本幸四郎、没。

 

1840(天保11)

初代市川團十郎の生誕190年を祝い、初代市川團十郎が上演した「勧進帳」を復活させる。能「安宅」を参照し、現在の「勧進帳」をつくり上げた。

 

1841(天保12)

天保の改革により、歌舞伎が大弾圧をうける。

七代目市川團十郎、江戸を追放される。

二代目中村富十郎、摂津、河内、和泉を追放される。

中村座・市村座・河原崎座は、悪所と言われ遊郭と同等とされる浅草猿若町へと強制移転させられる。

 

1847(弘化4)

五代目岩井半四郎、没。

 

1849(嘉永2)

三代目尾上菊五郎、没。

 

1859(安政6)

七代目市川團十郎、没。

 

 

 


ラスカルさん
なるほどー!鶴屋南北って「四代目」のことを指すのね!
パンダくん
うん!鶴屋南北は何人もいるんだけど、四代目が特にすごい人なんだ!
レッサーさん
うん!「大南北」とも言われているよね!

 





レッサーさんの歌舞伎入門「大歌舞伎」のコーナー! 日本の伝統芸能で一番有名な歌舞伎! 日本人ならキチンと知っておきたいよね!

それでは、次回をお楽しみに!しば~ら~く~!

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